イングランド2部、スコットランド1部のクラブでスカウトとして活動する田丸雄己さんが、プロサッカークラブにおける「スカウト」という仕事を、自身の経験をもとに詳しく解説した一冊です。
日本ではスカウトと聞くと「元選手が引退後に就く仕事」というイメージが強いかもしれません。しかし、フットボールの母国イングランドでは、大学にスカウトを専門的に学ぶ学部があるほど職業として確立されており、選手発掘、分析、リクルートなど細かな分業体制が整っています。
本書では、才能をどのように見つけ、評価し、レポートへ落とし込むのかといった実務に加え、データ分析の活用法やスカウト同士・代理人とのネットワーク、さらには英国でスカウトになるためのキャリアまで幅広く紹介されています。
また、ロンドンを中心とした育成年代のスカウティングや、イングランド独自の育成システムについても詳しく触れられており、プレミアリーグで若き才能がどのように発掘されるのか、その裏側を知ることができます。
移籍市場やプレミアリーグをより深く楽しみたい人には、ぜひ読んでほしい一冊でした。
総合評価⭐⭐⭐⭐⭐
読みやすさ ★★★★★
初心者向け ★★★★☆
情報量 ★★★★★
観戦が楽しくなる★★★★★
おすすめ度 ★★★★★
1. 印象に残ったこと
■ スカウトの仕事内容
スカウト業務は大きく「発掘」「タレント評価」「獲得」の3段階に分けられます。
ただし、スカウト自身に最終決定権はありません。意思決定を行うのはヘッド・オブ・スカウティングやヘッド・オブ・リクルートといった役職者であり、現場のスカウトは意思決定を支えるための情報を集め、分析し、提案することが役割です。
日々の業務は対象選手の調査、試合視察、レポート作成が中心ですが、なかでも重要なのは実際の試合を観ること。試合中のプレーを客観的に評価するため、それぞれが独自のチェックリストやKPIを用意し、できる限りバイアスを排除した視察を行っています。
視察結果は複数種類のレポートとして整理され、クラブのロングリストへ蓄積されていきます。
1試合で約8人分ものレポートを書くという仕事量にも驚きましたが、「人が人を評価する」仕事だからこそ、主観を抑えるための仕組みづくりが徹底されていることが印象的でした。
■ データチェックの方法
現代のスカウティングでは、データは全工程に欠かせない存在です。
選手発掘の段階では、まず年齢・国籍・ポジション・推定移籍金などの基本情報で候補を絞り込み、その後パフォーマンスデータを確認していきます。
しかし著者は、
- データの解釈
- 測定方法の違い
- 複数データの統合方法
という3つの落とし穴を指摘しています。
世界中の選手を比較する以上、リーグレベルや戦術、対戦相手など条件は大きく異なります。
その「データでは埋めきれない差」をどう解釈するか。
そこに各スカウトの経験や感性が現れるのだと感じました。
■ スカウト同士・代理人とのコミュニケーション
イギリスではスカウト同士の情報交換はごく一般的で、クラブの垣根を越えて意見交換が行われています。
理由は、優秀な若手はすでに誰かの視野に入っているケースがほとんどだからです。
重要なのは「誰よりも早く見つけること」ではなく、「どれだけ質の高い評価ができるか」。
また、代理人との関係も非常に重要です。
代理人は移籍意思や契約状況など、試合だけでは分からない情報を持っています。アカデミー年代では代理人が主催するゲーム形式のイベントもあり、そこへ参加するためにも日頃から信頼関係を築く必要があります。
著者自身も毎日1時間ほど代理人と連絡を取っているそうで、スカウトの仕事は「人を見る仕事」であると同時に、「人との関係を築く仕事」でもあることがよく分かりました。
■ イギリスにおける育成システムの変化
EU離脱後、イギリスでは18歳未満のEU選手を獲得できなくなりました。
その結果、国内アカデミー間での選手獲得競争が激化しています。
特に優秀な若手は、所属クラブ内で昇格するだけでなく、よりレベルの高いクラブのアカデミーへ移籍しながら成長していくケースも珍しくありません。
プレミアリーグでは18歳前後でトップチームデビューする選手が毎年現れますが、その背景には、このような激しい育成競争があることを知ることができました。
2. 感じたこと
■ サッカー界のスカウティングは世界最大級のタレント発掘
サッカーは世界中でプレーされているスポーツです。
つまり、欧州トップクラブのスカウト対象は世界中の何百万人もの選手になります。
ここまで広範囲に人材を探し、比較し、評価する活動は、一般企業はもちろん映画や芸能の世界にもなかなか存在しないでしょう。
膨大なデータを扱いながら、最後は人の目で判断する。
スカウトという仕事は、世界でも最も大規模な「人材評価」の仕事の一つなのではないかと感じました。
■ 主観と客観のバランス
育成年代の選手は、数か月で体格も技術もメンタルも大きく変化します。
だからこそ、過去のデータだけでは評価しきれません。
スカウティングでは、データを活用しながらも、最終的には複数人で議論し、人間の感覚も交えて意思決定が行われます。
クラブが選手を獲得することは、その選手のキャリアだけでなく、クラブの未来やサポーターへ示すビジョンにもつながります。
だからこそ、バイアスを排除しようと努力しながらも、最後には「この選手なら成功する」という納得感を生み出すことが求められる。
その切り替えこそが、人を評価する仕事の難しさなのだと思いました。
おわりに
「スカウト」という言葉は誰もが知っていますが、その仕事内容やキャリアについて詳しく知る機会は多くありません。
本書では、選手発掘の現場で行われる細かな工夫や、インターン採用、代理人との関係など、表からは見えないリアルなエピソードが数多く紹介されています。
もちろん、フットボール文化が根付くイングランドならではの環境という前提はありますが、プロスポーツを支える重要な職種であるスカウトの仕事を深く理解できる貴重な一冊でした。
ワールドカップ後の移籍市場では、多くの日本人選手が海外クラブへのステップアップを目指します。
その一つひとつの移籍の裏側には、本書で描かれたような地道なスカウティング活動があることを知るだけでも、移籍市場や新シーズンの見え方は大きく変わると感じました。
その他
■ 『Football Manager』はスカウトの視点を体験できる
サッカーゲームは数多くありますが、『Football Manager』はクラブ経営・スカウティング・戦術まで担う本格的なシミュレーションゲームです。
最新作では男女合わせて50万人以上の選手データが収録されており、その情報量は圧巻です。
リヴァプールやブラジル代表で活躍したロベルト・フィルミーノは、ブラジル2部時代にゲーム内データを参考にしたスカウティングからドイツのホッフェンハイムへ移籍したという有名な逸話があります。
スカウトという仕事を疑似体験したい人には、最適な作品だと思います。
■ プロ野球スカウトを描いた『ドラフトキング』
野球でスカウトの仕事に興味がある人には、漫画『ドラフトキング』もおすすめです。
プロ野球スカウトの現場や選手評価、葛藤などが非常にリアルに描かれており、ドラマ化もされています。
競技は違いますが、「人を見極める仕事」という共通点が多く、本書とあわせて読むとスポーツスカウトという職業への理解がさらに深まると感じました。
■プレミアリーグを知るなら
『プレミアリーグ全史』もぜひ読んでみてください。

書籍情報
題名:スカウト目線の現代サッカー事情 イングランドで見た「ダイヤの原石」の探し方
著者:田丸雄己
発行所:光文社
ISBN:978-4-334-10221-0
コメント